好きなのは










「ったく、やってらんねーぜ。」





オフィス機器メーカーに勤めて、5年目の俺は、今までで最大の大仕事にぶち当たった。
取引先は、大手PCメーカーのザラ・コーポレーション。
この仕事を成功させれば、俺のお株どころか、会社の株も急上昇することは間違いない。
不況である今、結構な値のするOA機器を買い換えようなどという
懐の温かい会社などほとんどない。
むしろそういうものから経費削減していくために、
うちのようなOA機器メーカーは、超氷河期真っ最中なのだ。

そんなところへ、舞い込んできた今回の取引。
相手は、今乗りに乗っているPC業界のトップだ。
しかし、そうそう話がうまく進むはずもなく。
OA機器業界が超氷河期である今、大手との取引が成功すれば
どんなに利益が上がるか、サルでも解る図式だ。
当然、相手もこちらの足元を見てくるわけで、
単価を切り下げろと注文をつけてきているのだ。

今日も、いそいそとザラ・コーポレーションへ価格提案書類を持っていったが、
なかなか首を縦に振ってもらえず、といってこちらもこれ以上値段を下げては
利益がゼロに等しくなるわけで。
それでもこの大取引を成否は、会社の存続に関わってくる。
俺も引くには引けず、「後日またお伺いします。」といそいそと取引先を後にした。

(一応)若手でありながら、生まれながらの巧みな話術が売りの俺の手腕が買われ、
今回の取引の担当を任されている。
会社の命運もそうだが、俺のプライドもあって、
なんとかこの取引を成功させようと、俺は連日会社と取引先を往復し、
サービス残業をする毎日だ。
今日もオフィスを出たのが10時過ぎ。
ウィークデイな為、こんな遅くに街を歩いても人影はまばらだ。
それが、仕事の嫌気を一層感じさせる。
酒でそんな鬱を飛ばしたいところだが、こんなときに一人で居酒屋へ入るなど
余計に侘しさが募るだけだ。

さっさと帰って寝よう。
そう思い、少し歩調を速めたときであった。

「…?」

どこからかのコーヒーのいい香りが鼻を刺激する。
コーヒーなんて、毎日飲んでいる。水代わりのようなものだ。
こだわりなど皆無。
しかし何故だか無性にコーヒーが飲みたくなり、
俺はその香りのするほうへと足を向けた。









「いらっしゃいませ。」




少し暗めの店内。
流れるのは、ゆっくりめのジャズ。
木目調のテーブルや椅子が柔らかな雰囲気を醸している。
にぎやかな通りから一本離れたところに店はあった。
窓際の一番奥の席に着くと、注文をうかがいに店員がやってきた。


「ご注文は何になさいますか?」


少しハスキーな声に気を引かれ、店員を見る。
…少年だ。
栗色の髪に、大きな二つのアメジスト。
一見女の子にも見間違えなくもない。
かなりじっと見入ってしまったのだろうか、「お客様?」というその店員の声で我に返った。



「…ブラック。」

「かしこまりました。」



メニューがあったが、俺に味の違いが分かるはずもない。
とりあえずテキトーに注文し、俺は窓の景色に眼を向けた。
ちらほらと呑み屋の明かりが見えるが、人通りはあまり無いようだ。
この店も、今いる客は俺一人。
こぽこぽというサイフォンの音がとても心地よく感じた。



「お待たせいたしました。」


運ばれてきたブラックを早速口にしようとしたとき、
コトン、とテーブルに何かを置かれた。
見れば、小さなミルク入れ。
…確か俺はブラックを頼んだはずだ。
少し不思議に思い、俺は店員を見る。


「・・あ、あのっ…なんだかお疲れのようですから、
ミルクを入れたほうが宜しいかと思いまして・・・・」



少し顔を赤くして、やや俯き加減に店員である少年は言った。


「…」

「す、スミマセン!差し出がましいことをしてしまって…」


慌てて、店員がそのミルク入れを片付けようと、手を伸ばす。

「いや、いい。置いといてくれ。」

俺は思わず、その手を掴み、その少年の動きを制した。

”客に気を使わせるな”とは、サービス業に携わる時に一番最初に教わることだ。
確かに、俺はコーヒーにミルクを入れるつもりは無かったが、
この店員の気遣いを何故か無碍にすることは出来なかった。
少し戸惑っている店員に向かって俺は言葉を続けた。

「心配してくれて、アリガトな。」

店員の顔が明るくなる。
キレイなアメジストが細められ、栗色の髪がかすかに揺れた。
ごゆっくり、と言い残しカウンタへと引っ込む店員。
そんな彼の後姿をすがすがしい気持ちで見送った。

テーブルに置かれたミルク。
なんとなく入れたくなった。
ブラックの中へと、ミルクを落とす。
きれいな渦巻きを描き、スプーンで一混ぜするとほぼ真っ黒であったコーヒーが、
柔らかなカフェオレへと変わった。
口に広がる、まろやかな味。
疲れた身体に染み渡るような、そんな気がした。








「ありがとうございました。」

カランカランというベルの音と共に俺は店を後にした。
ずいぶんと長居してしまったようで、腕時計は既に11時を廻っている。
閉店時間が何時なのか、わからなかったが、
こんな遅くまでコーヒー店が開いているわけが無い。
あの店員に悪いことをしたな、と俺は後ろを振り返り、店の看板をみた。


「”Andy's Cafe”・・・ね。」


身体の疲れは残っていたが、心はとても軽かった。
なんだか、明日の仕事は上手くいきそうな気がする。
足取り軽く、俺は家路についた。



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