行く先 1







「ほら、ここがお前の働く場所だ」
そう言われて顔を上げれば、目の前には立派な門構えのお屋敷だった。
表札に目をやると、そこには「日登」の文字。
「…ここ…」
「そうだ、どえらい屋敷で驚いたか?行くぞ」
怖気ずく僕とは裏腹に、ずかずかと屋敷の門をくぐるアンディさんの後を
転びそうになりながらも追った。
立派な植木、池には鯉も放してある。
流石、日登家のお屋敷だ。
---日登家。
江戸時代には将軍にも仕え、政治にも貢献した由緒ある一族。
将軍というモノはなくなったものの、この日登家の権力は衰えてはいない。
そんなお屋敷ならば、当然召使が必要であろう。
それが僕の仕事。
僕の家は貧しかったわけではない。
それならば、奉公に出る必要はない---のだが、僕の場合は少しばかり
特異ないきさつがあった。
僕はその家の実子ではない、というのがその理由。
貧しいわけでもないが、といってそれほど裕福であるわけでもなかった。
養父母は、実子のように大切に僕を育ててくれたが、
僕の他にも彼らの実子がいるわけで、家計を少しでも楽にするために、
僕は奉公に出ることにしたのだ。
もちろん養父母は止めたけれども、僕一人分の生活費を実子のために使って欲しかったし、
僕自身、自立しなければとも考えていた。
そういったことがあり、僕は仕事を探していた。
そんなときに、仕事仲介人のアンディさんに出会ったのだ。




玄関から勝手口へ通され、アンディさんは、ここの召使らしき人と二、三言葉を交わすと、
頑張れよ、とぽんと肩を一叩きし去ってしまった。
見知らぬ場所に一人置いていかれる不安でたまらなかった。

「お。お前新入りか?」

声をかけられ振り向けば、金色の髪にやや褐色した肌の少年が立っている。
年齢は多分…僕と同じくらいであろう。
「俺ディアッカ。お前は?」
気さくにそう聞かれ、僕も自己紹介する。
その明るい少年---ディアッカは僕の教育係なのだと言った。
僕と年齢が近い為に、この教育係をナタルさんという人から仰せつかったらしい。
ナタルさんと言うのは、僕たちのような召使の長なのだと教えてくれた。
きっと、さっきアンディさんと言葉を交わしていたのがナタルさんなのだろう。



このだだっ広いお屋敷の庭を掃きながら、
ディアッカは僕にいろんなことを教えてくれた。
仕事のことはもちろん、この日登家のことなどを---。



実は、この日登家の当主は先月に亡くなったばかりなのだそうだ。
今は、その長男であるムルタが当主を務めているのだが、それがとんでもなく暴君らしい。
そして、次男はムウ。あまり話したことがないらしいが、どうやら毎晩夜更けに出歩くらしく
昼間は離れの自室で寝てばかりいるとのこと。
三男は、イザークと言って僕たちと同じくらいの年齢らしい。
とてつもなく我侭なんだぜ、と言ったディアッカの表情に、少し柔らかさを感じた。
こんな三者三様の主人に仕えるのかという不安が表に出てしまったのか、
ディアッカは慌てて言葉を付け足した。



「確かにやることはあるけれど、案外気楽だぜ?
 ま、しばらくして慣れりゃわかるさ」









日登家にやってきて、一月が経とうとしていた。
仕事もようやく一通り覚えた。
ディアッカの言葉どおり、思っていたよりもこの仕事は気楽であった。
ナタルさんはちょっと厳しい人だけれど、
ご主人たちからなんやかやと言われることは全くなかった。
広い屋敷なだけに遊ばせている部屋がたくさんあるらしく、
僕たち召使にもきちんと個室が与えられた。
部屋だけでなく、生活必需品なども給料とは別に与えられるのだ。

僕の部屋は、離れの一歩手前にある。
つまりは母屋の一番端。
部屋の前には、大きな桜の木が一本あった。
春とはいえ、夜はやや冷えるが、
僕は部屋の前の廊下にでて、その桜の木と夜空を見るのが日課となっていた。

仕事は苦ではない。
家事は家にいた頃もよくやっていたし、嫌いではない。
ディアッカとのお喋りも楽しい。
イザーク坊ちゃんの話や、使いで行った店の女の子の話。
彼の陽気な性格のお陰で寂しさを感じることは少なかったが、
やはり、寂しさと言うか、物足りなさと言うのか、
そういった心の空虚を感じることがあったのだ。
それを埋めるのが、無数の星が瞬く夜空と、桜なのだ。





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