繋いだ手  <前編>











パン、パンパン。パン。







けたたましい花火の音で目が覚めた。
眠い目を擦りながら、枕もとの時計を見やれば、針は午前7時を指している。
そして、隣にいるはずのかわいい恋人、キラの姿がなかった。
むくりとベッドから身体を起こし、ボリボリと横腹を掻きながら
寝ぼけた頭で考えてみる。


久々に、土日の連休が取れ、昨日は遅くまでキラと抱き合っていた。
正確には、今日の早朝かもしれない。
そんな翌日の朝は、大抵昼近くまでベッドで寝ているキラだが、
今日は違った。既にキラは起きている。
その証拠にキッチンの方から朝食の準備をしているらしい音が聞こえてくるのだ。
今日、キラに予定があるとは聞いていない。
では何故、そんなに早くから起きているのだろうか?


…花火?

「あ。」


思い出した。
今日は近所の、と言ってもここから1キロ以上は離れているが、
お寺での夏祭りなのだ。
花火は、その祭りが開かれることを知らせる為であった。





キラは随分と前からこの夏祭りを楽しみにしていたのだ。






*       *       *       *







夕方、俺とキラは縁日へと出かけた。
もちろん、浴衣で、だ。
2週間ほど前に、キラがどうしてもというので、デパートへ買いに行ったのだ。
模様などは入っていないとてもシンプルな浴衣であったが、
コレだけかわいいキラだ、無粋な柄など必要ないに決まっている。
暗い青竹色の浴衣を身にまとったキラがかなりはしゃいでいるのは、
カランコロンとなる下駄の音で容易に判ってしまう。
時折見え隠れするキラのうなじや鎖骨辺りに、邪まな感情を起こさずにはいられず、
俺はそれを抑えるのに、一人熱くなっていた。








* * * *




カキ氷が食べたい。
フランクフルトもいいなぁ。
でも、チョコバナナは外せないですよね。



お前はいつもそんなに食べられないだろ?と突っ込みたくなるほど、
縁日ならではの食べたいものを嬉しそうに次々と言っていたキラだったが
途端に静かになってしまった。
屋台が両脇に並び、その間を大勢の人が歩いている。
周りの喧騒が、俺たちの会話のなさを強調させた。


「キラ?どうした?急に黙って。」




「…あ、あの・・・・手。」




手、どうやら今繋いでいる俺たちの手のことを言いたいらしい。
嫌なのか?と俺は繋ぐ手に一層力を込めた。
俯いてしまって、顔を見ることは出来なかったが、
大体は予想がついていた。



「みんなに、・・・・見られちゃう・・・」



この人ごみの中で、やっと聴こえるくらいの小さな声でキラが言った。


「いいだろ?見せ付けてやろうじゃないの?俺たちの仲を、さ。」
ニヤリと俺はキラに向かってウインクを投げつけた。
といっても俯いているキラには、意味がなかったようで
暑いし、汗で手がべとついて気持ち悪いでしょう?と
手を離したい苦し紛れの理由を口にする。
汗でべとついて…ってじゃあ俺たちが抱き合ってるのはなんなんだろうか?
アノ時の方がよっぽど汗にまみれてる。


「汗でべとついてるなんてたいしたことないさ。」
「…でもっ…」


まだ意地を張るか、こいつは。
まぁそんな恥じらいもかわいいんだけど。
俺も、ダテに歳を食ってるわけじゃなし、引き下がるわけには行かないと
繋いでいる手をグイと引っ張り、キラの耳元でこう囁いた。




「汗よりも、もっとべとつくモノが出てきちゃったのか?」




言った後、一瞬涙交じりの紫の瞳と目が合った。



バチン!!



俺の左頬がひりひりする。



「ムウさんのバカーっ!」


キラがそう叫んで、俺から遠ざかり人ごみの中へと消えていくのだけは見えた。
どうやら、些か冗談が過ぎたようだ。
ビンタされた頬をさすりながら、俺はキラの走っていった方へと向かった。












*       *       *       *





「ムウさんのバカ…」


無理矢理人波を掻き分けてたどり着いたのは、屋台のある道から
少し外れた小さなお堂。
人は全くやってこないようだけど、お囃子や太鼓の音、ちょうちんの灯りもぼんやりと
届いてきて、僕一人だけがとても浮いてるようなそんな寂しさを感じる。
せっかく楽しみにしていた今日のお祭り。
去年も来たけど、今年は二人で暮らし始めてから初めてのお祭りで、
だからお揃いの浴衣でどうしても出かけたくて。
二人でかき氷食べたり、金魚すくいしたり。
普通のお祭りでのデートを思い描いていただけだったのに、
どうしてこんな事になってしまったのだろうか。

普通のデート。
でも「普通」じゃない、だって僕たちは男同士だから。
世間に同性同士のカップルがいないわけじゃないけど、
未だ珍しい存在なのだ。

ムウさんが手を繋いでくれて嬉しかったけど、それがすごく恥ずかしくって。
ムウさんは人前でセクハラをしたり、いやらしいことを言ったりする。
今日だって耳元であんな言葉を…



でも、それでもムウさんはいつも僕のことを一番に考えてくれていて。
あんな人ごみの中をはぐれない様に僕の手を繋いでくれていたのに、
その手を僕は自ら離してしまった。





ムウさんと僕を繋ぐものを。




「・・・っムウさん・・・・」




ムウさんと色違いで買ったお揃いの浴衣に、涙のしみができた。
拭っても拭っても零れ落ちる涙。
自分からあの暖かな手を振り払ってしまったのに。
何度後悔しても、どれだけ涙を流しても、
さっき僕がしてしまったことがなくなるわけじゃない。
僕がそんな後悔の念に打ちひしがれている時、
カランコロンと下駄の音がこちらへと近づいてきた。



屋台やちょうちんの明かりが逆光になっていて顔は見えないが、
すぐに誰かなのかは分かった。
ちょうちんの灯りが透ける、金色の髪。
そして長身の影。




「っ…」




せっかく止まりかけてた涙が、また溢れ出す。



「おやおや、こんなところで泣いている子は誰かな?」



やや含み笑い気味でそんなことを言う、僕の大好きな、人。
僕の欲しいものを与えてくれる、大好きな人。
おおざっぱで、エッチで、僕を子ども扱いするけれど。
気が利いて、ちょっと妬けるけど誰にでも優しくて。


そして、
誰よりも僕を愛してくれるムウさんの胸へ、僕は飛びついた。




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