煙草
「何の話で盛り上がってるの?」
今日は珍しく、お昼時に食堂に来ることができ、
なにやら盛り上がっているトールたちのテーブルへと向かった。
「キラと食堂で会うの、久しぶりね。」
ミリィがそう言いながら、僕の為に椅子を引いてくれる。
それにお礼をしつつ、僕はランチのトレイを置き椅子に座った。
僕はトールたちと違って、シフトとかが無いから、
自分の仕事が一段落したときが休憩時間だ。
だから、なかなかちょうど食事の時間に、仕事のキリがいいという場合が少なくて、
皆とこうして一緒に食堂でおしゃべりが出来るのは、すごく久しぶりだった。
「今さ、煙草の話してたんだよ。」
ちょっと興奮気味のトールを横目でチラリと見やりながら、
サイが言った。
「・・煙草?」
ちょっと想像もしていなかった返答に、僕は戸惑う。
僕たちは、20歳にもなってないから煙草を吸える年齢ではない。
確かに、そういうモノが気になる年頃だから、話題になってもおかしくはないけど…
?マークが僕の周りにいっぱいあるのがわかったのだろうか、
トールが息巻いて説明をし始めた。
「そ。この間さ、食堂に向かう途中でさ、甲板の戸が開いてるから、
誰かいるのかと思って覗いてみたんだよ。そしたらさ…」
* * *
あれは数日前の真夜中のことだった。
ザフトの襲撃を辛うじて逃れ、なんとか無事地球に降り立つことが出来たAA。
ここまで来れば、ザフトの追っ手もそう簡単には来れないだろうと、
甲板へ出ることを許可された。
久々に味わう外界の空気がとても美味しくて、
海に泳ぐイルカやクジラを目にして誰もが子供のようにはしゃいでいた。
今までの、緊迫した状況から一時でも逃れることが出来た安堵感からか、
この日は目が冴えてしまって、なかなか夜眠ることが出来なかった。
何度か固いベッドの上で寝返りを打っては見たものの、
一向に眠気が来る様子もなく、とりあえずは水でも飲もうと食堂へ向かうときのことだった。
時間は多分、深夜の1時か2時くらいだったと思う。
戦艦である以上、24時間体勢で動いているわけだが、
緊急事態になる可能性が今までよりもかなり低くなったことで、
夜間シフトの人数が減り、それと共に、艦内の灯りなども最低限しか付けられていなかった。
少し薄暗い艦内を歩いているとき。
甲板へ出る扉が開いていた。
「こんな時間に?」
開いた扉から、少し冷たい風が吹き込む。
鳥肌が立つのを感じながら、甲板の人影を見つけた。
「…フラガ少、佐…?」
満月に近い、とても明るい月光の下で、
紫煙を燻らせ、物憂げな面持ちで海の向こうを見つめている。
ベルトを外しているのか、軍服が夜風になびくのが見えた。
* * * *
「フラガ少佐ってさ、いつもあんなだろ?それとは全く正反対って感じでさ。
なんていうか、”苦悩するオトナの男”って感じ?また煙草がすごく似合っててさー。
あぁ俺もあんなオトナになりたいッ!」
まるで乙女(?)が夢を見るかのように瞳を輝かせ、熱弁するトールに、
ミリィが「トールには一生無理よ。」とすかさず釘を刺す。
そんな夫婦漫才のような二人に、
「わかんないぜ?案外トールもカッコよくなるかもしれないだろ?」
と、優しい言葉を与えるサイ。
「”案外”ってなんだよー!?」とつっかかるトールに、今度はミリィがなだめ役に回る。
そんな愉快な光景を微笑ましく眺めながら、
僕は、トールが見たというフラガ少佐を脳内に思い描いて、少し頬が熱くなった。
顔を両手で押さえ、赤くなってしまった頬を皆に気づかれまいと夢中になっているとき。
「でも、なんでオトナの人って煙草吸うのかしらね?」
身体によくないのに、とミリィが言った。
僕が一人動揺している間に、トールたちは一件落着したようだ。
確かに煙草は身体に良くない。
ましてや、フラガ少佐は軍人なのだから、身体が基本だ。
「身体には良くないけど、なんかカッコいいじゃん?
煙草吸ってるとさ。オトナって感じで。」
トールにとって煙草は”オトナのアイテム”らしい。
日ごろミリィに子ども扱いされてるから、それを気にしているのだろうか?
僕たちの中では一番オトナらしい雰囲気をかもしているサイが、とても意味深なことを言った。
「オトナの人って、口が寂しいから煙草を吸うって聞いたことあるけどな?」
…少佐も、口が寂しい、の か な。
少佐がよくキスをねだってくる唇を指でなぞる。
「っ!///」
それが、キスの前にする少佐の仕草を思い出してしまい思わず赤面してしまう。
僕は、「整備がまだ残ってるから」と慌てて食堂を後にした。
* * * *
ふと真夜中に目が覚めた。
隣にあるはずのぬくもりが無いことに気づき、重い瞼を開ける。
デスクライトのみを点けて、軍服を引っ掛け、煙草を吸うフラガ少佐がそこにいた。
寝起きの重い身体を起こし、僕はフラガ少佐に近づく。
ペタペタと、素足で床を歩く音に少佐がこちらを向いた。
「眩しくて起こしたか?」
デスクライトの灯りのせいで僕が起きてしまったと勘違いしているらしい。
違いますと僕は答えて、フラガ少佐の前に立ち、煙草を銜える口に手を近づけた。
僕の行動の意図が解らないと、少佐が首をかしげる。
「煙草。」
僕は単語だけを口にした。
一瞬驚いたような表情を見せたが、直ぐに笑いかえすフラガ少佐。
「ん?なんだ、吸ってみたいのか?」
少佐が口にしていた煙草を僕へと向ける。
吸いたいという気も、吸うつもりも無かったが、なんとなくそのままフィルタを口に銜えた。
「!!っ・・ごほごほッ・・げほっ!・・っは・・」
「!大丈夫かっ?おいっ。キラ?」
煙にむせて咳き込んだ僕を心配して、少佐が背中をさすってくれた。
坊主にはまだ早かったなぁと再度その煙草を口に銜え、
デスクの上のグラスを僕に差し出した。
目じりに涙がたまった僕は、少し苦しい肺を落ち着かせようと、差し出された水を飲む。
一息ついて、僕はグラスを机に置いた。半分ほど水が残っていた。
僕は再び少佐に手を伸ばし、そして口から煙草を取る。
「?」
意味が解らないといった表情で僕を見つめる少佐。
「少佐は…どうして、煙草吸うんですか?」
じじ…と煙草が短くなる。
「んーなんでだろうな、なんとなく?かな。」
なんとなく。
そんな曖昧な答え。
美味しくて吸っているわけではないのだろうか。
「身体に、よくないですよ。」
ズイブンと短くなった煙草を、灰皿へと押し付けた。
「身体に悪いのは分かってるんだがなー。なんか止めると、口が物寂しい感じで。」
フラガ少佐はそう言い、手の中で愛用のジッポーを転がしていた。
このジッポーで、少佐はどれだけの煙草を吸ってきたのだろうか?
どれだけ、”寂しい”と…感じたのだろうか?
フラガ少佐に更に近づき、僕は彼の手からジッポーを取り上げた。
「せめて、僕といるときは、必要ないでしょう?」
何か言おうとしたのか、少佐の口が開くのがわかったけど、
肯定以外の返答は聞きたくなくて、すかさず、唇で少佐のそれに蓋をする。
直前まで煙草を吸っていたから、いつもよりちょっとだけ苦い感じがした。
腰を引き寄せられ、僕が少佐の膝の上に乗るような形になる。
段々とキスは深くなり、甘いものへと変わっていった。
fin.
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