※お題の『好きなのは』の続きです。
回り道
「案外すんなりと進みましたね」
取引先から社に戻る途中で、コンビを組んだ後輩のノイマンが言った。
「あぁ、あそこの社長はゴマすっとけば結構イケるんだ」
いかめしい外見が災いしてか、社内では頑固おやじでやりにくいとの
噂がある取引先の社長の性格に気づいたのは、つい最近のことだった。
「へぇ、流石ですね」
「なに、ハサミと同じ使い方さ」
悪ですね、と悪態をつくノイマンの言葉を微笑だけで返しながら
暗くなるにはまだまだ時間がある街中を歩く。
夕方になる少し前の日差しがとても眩しい。
3月も終わりに近づいて、朝晩はまだまだ冷えるものの、
晴れた日中では上着を脱ぎたくなることもある。
今日もそんな一日で、喉の渇きを覚えた。
「一休みしていくか?」
「アルコール…なわけないですよね」
「バカ、美味いコーヒーの店知ってるんだ」
互いに判りきっているボケとツッコミをし、
目的地への角を曲がった。
カランコロン。
来客を告げるカウベルの音に、顔を上げドアの方を見た。
「いらっしゃ・・・」
「よ、キラ」
毎日逢っているけれど、それでもまだ逢い足りない人。
でもそれをダイレクトに伝えるのは恥ずかしくてまだ出来ない。
フラガの後ろにスーツ姿が一つあることに、
まだ彼が仕事中だということを知り、
そして少しでも顔が赤らむのを押さえなければと、
平常心、平常心と心中で唱えながら席へと案内した。
店内にはフラガたち以外の客は居ない。
なので、フラガたちの喋り声がカウンターのキラの耳にも
しっかりと聞こえてきていた。
その声に、先ほどから唱えているはずの平常心と言う呪文は
無意味なものになりつつあった。
「最近、帰るの早いですよね」
「ん?」
「女子社員が噂してましたよ、カノジョ出来たんじゃないかって」
眩しい程の金髪に、透き通ったスカイブルーの瞳。
長身で、逞しい胸板。
イヤミなほどまでに揃った容姿を持つと、性悪だと相場が決まっているはずなのに
この男は例外であった。
おまけに仕事も出来る。
天はこの男に二物も三物も与えたのだ。
さらには一人身という、独身女性にはこれ以上ない格好のターゲットなのだ。
中には結婚して何十年というパートのオバサンのハートまで
がっちり掴んでいる。
そんな男のことならば、くしゃみ一つしただけでも話題となるのだ
「ミナサン、よっぽど暇なんだね〜」
やや小ばかにしたような口調で、カップを口に運ぶ。
そんな姿でさえ様になると、同性のノイマンでさえも思うのだから
女子社員たちの熱狂振りも解らないではない。
「で、実際の所どうなんです?」
ノイマンの追及に一瞬口端を上げたフラガ。
いやな予感がしたが、もう後には引き下がれない。
合コン1回と引き換えに、フラガの事を探れと
庶務の女子社員に頼まれていたのだ。
この後、ノイマンは”合コン1回分”では釣り合わないほどのフラガの(ノロケ)話を
聞かされることとなった。
「へ、へぇ…じゃ、結構いい仲まで行ってるんでしょうねぇ…」
社交辞令しかないような台詞。
その口調には疲労感も含まれている。
「まぁな、でもなぁ…」
散々その”カノジョ”の自慢話をしていたのに、ここに来てどうやら不満があるらしい
台詞を吐くフラガ。
一体何が気に入らないのだ、といくら惚気話を聞くのに疲れたとはいえ
気になるではないか。
「”でも”って・・何です?」
「まだキスしかしてないんだ…」
ガチャガチャンっ。
フラガの告白が終わると同時に、カウンターの方からカップの割れる音が聞こえ、
そちらを見た。
どうやら手が滑ってカップを取り落としてしまったらしい。
すみません、と一礼し、カウンター内の店員は顔を真っ赤にして
割れたカップを片し始めたのを見届け、取り直し目線をフラガに戻した。
「珍しいですね、フラガさんなのに」
「おいおい、デタラメ言うなよ」
外見は軟派に見えるけど硬派なんだと、必死で弁解するフラガが
面白い。
確かに今までフラガのそういった面での女性関係の話は
あまり聞いたことがなかった。
どうやら噂ばかりが一人歩きしているらしい。
カノジョとの一向に進展しない交際に頭を悩ませるフラガ。
フラガの悩んでる姿なんて滅多に見られない。
これは面白いななどと思ってしまう自分は性悪だろうか、と心の中で思いながらも
更に彼を困らせてみたくなった。
「そうですねぇ・・・カノジョにその気がないとか…?」
「バカ言えっ!俺とキラはラブラブなんだよッ!!!」
ガチャガチャガチャガチャンッ。
今度は一体何個のカップが割れたのだろうか?
喫茶店を出て、社に戻る途中。
「フラガさんが、どうして”彼女”って言わないのか解りました」
フラガが叫んだ”キラ”という名。
それを聞くのは本日で二度目であったのを覚えていた。
店に入った時に、フラガが言ったからだ。
『よ、キラ』
確かに”彼女”ではない。
外見は”彼女”に見えないこともないが。
性別は男。
男にしておくには勿体無いくらいの可愛さであることは認める。
だが…相当若いと見た。
「フラガさん…一体何歳なんです、あのコ」
「んー12コ下」
12歳下って…相手はまだ10代であることは確かだ。
法に触れるか触れないかの瀬戸際ではないのだろうか。
「…犯罪者になるようなことだけはしないで下さいね」
いい歳をして”ラブラブ”などと死語に近い言葉を
大声で言ってしまうほど、一回り年下の恋人に夢中であることを、
女子社員に伝えるべきなのか、ノイマンは頭を悩ませた。
8:00p.m.
今日のAndy'sCafeには既にCLOSEDの看板が下がっていたが
それを構うことなく店に入った。
そしてカウンター内の店員も、そんな客の正体は見ずともわかっている。
「・・・お疲れ様、です・・・」
そういって本日のオススメコーヒーを差し出し、
カップをテーブルに置いた途端、腕をつかまれた。
少し強めの力で引っ張られ、あ!と思ったときには既に唇が塞がれていた。
「っ・・・んぅ・・」
不意のキスに息が苦しくなり、掴まれているのとは反対の手がテーブルを引っ掻く。
それに気づいて、腕の力が緩められた。
「っ!!もう、なにするんですかっ!!
「なぁ…そろそろカウンター越しのキスは卒業しない?」
公言しちゃったしさー、と長い指がとんとんと木目調のテーブルを叩く。
「ばか」
カウンターを廻って。
手を広げて待つ貴方の胸に飛び込んだ。
fin
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ずっと書きたかったAndy'scafe話。
というか単に、ノイマンとムウさんのやり取りを
書きたかったんですが(笑)
…このままだとまた書きそうです。 |
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